第2回 化学産業は温暖化対策のソリューションプロバイダー〈前編〉

日本化学工業協会 技術委員会委員長/三井化学株式会社常務執行役員、生産・技術本部長 松尾 英喜氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授


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「パリ協定」後、日本の「地球温暖化対策計画」の評価

――COP21のパリ協定を化学業界としてどう評価されていますか?

松尾 英喜氏(以下敬称略):全ての国が参加する新たな枠組みで合意が形成されたことに、歴史的な意義は大きいと思います。またその取組みそのものが、「プレッジ&レビュー」という自主的な進め方の合意がなされています。

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松尾 英喜(まつお・ひでき)氏

昭和57年 横浜国立大学工学部 大学院修士課程修了。
昭和57年4月 三井東圧化学株式会社(現三井化学)入社、
平成12月3月 MITSUI BISPHENOL SINGAPORE PTE LTD取締役工場長、
平成18年4月 上海中石化三井化工有限公司社長、
平成21年4月 三井化学株式会社 理事基礎化学品事業本部企画開発・ライセンス部副部長、
平成22年4月 同 理事 石化事業本部 企画管理部長、
平成23年6月 同 理事 生産・技術本部 本部長、
平成25年4月 同 執行役員 生産・技術本部長
平成26年4月 同 常務執行役員 生産・技術本部長

 プレッジ&レビュー方式は、我々日本化学工業協会(以下、日化協)も含め、経団連のこれまでの「環境自主行動計画」と、現在進めている「低炭素社会実行計画」に取り入れられている方式で、PDCA(plan-do-check-act)をしっかり回していこうという取組みです。この方法は、もともと日本が主張していたもので、それがパリ協定にも取り入れられたことにも非常に意義があると思っています。

 また、目標そのものも、世界的な平均気温の上昇を産業革命以前に比べてプラス2度に抑える目標が立てられ、更に1.5度に抑える努力を追求する長期目標が立てられました。大まかな方向性ができましたので、努力目標ができたという意味でも大きな意味があると思います。

 もう一つ重要なのは、「技術開発」および「技術移転」が盛り込まれたことです。「イノベーション」の重要性がしっかりと謳われました。「イノベーションを加速、振興し、可能にすることは、気候変動に対する効果的かつ長期的なグローバル対応の為に必要だ」ということです。経済の成長と持続可能が謳われ、その中でイノベーションが求められています。私自身も、経済の持続的成長とイノベーションなくして温室効果ガス(GHG)の削減は難しいと思っていますので、イノベーションの意義が明記されたことにも大きな意味があると思っています。

 その上で、今度は日本の役割である約束草案として、2013年度比2030年度にGHG26%削減という目標値が提出されました。この目標値、決して易しいとは思っていませんし、かなり高いハードルだと思っています。この約束草案の検討段階で、私自身も産業構造審議会の委員として参加し、議論して参りました。産業界も参画した上でできあがった目標値ですので、我々産業界も責任を持って目標値を達成するように努力をしてく必要があります。

2020年度までの低炭素計画は、4つのテーマが柱

――化学業界のGHG削減についてうかがわせてください。今後2030年に向けてどういった取り組みをされますか?

松尾:GHG削減に対しては、経団連が推進する「低炭素社会実行計画」に日化協も参画して、業界として取り組んでいます。この計画は2020年度を目標年として、産業界全体として取り組もうというものです。これには4つの大きな柱があります。

 一つ目の柱が、国内での製造業が「事業活動の中でGHG排出削減」を行っていくことです。2つ目の柱は、消費者、顧客、産業等の様々な主体がそれぞれ連携してCO2排出量を削減していこうという、いわゆる「主体間連携」です。3つ目は、「国際貢献」です。わが国は非常に優れた技術を持っていますので、GHG削減、あるいは省エネも含めて、これらの技術を積極的に途上国はじめ、諸外国に展開してCO2削減していくということ。日本全体のCO2排出量は世界全体の3%程度ですが、GHG削減は世界レベルの問題ですので、技術移転により、世界にいかに貢献していくかが重要です。4つ目として、更にGHGの削減を継続的に取組んでいくためには、新たな技術開発が必要ですので、中長期にわたって積極的に技術革新、開発に取り組むことが必要です。これらの4つのテーマに基づき、PDCAサイクルを回しながらGHGを削減していこうと思っています。

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――具体的な取り組みの事例をうかがわせてください。

松尾:私どもの三井化学大阪工場の事例ですが、エチレンプラントはエチレンを液化する為の冷凍機を動かす必要があり、大量のエネルギーを使います。プラントに隣接する大阪ガスでは、輸入したLNG(液化天然ガス)を海水で気化する際に冷熱を捨てておられた。我々は、これをうまくWIN-WINな関係で組み合わせることができないかと考えました。さまざまな技術的なハードルを克服してLNGの冷熱をエチレンプラントの冷却用に利用することを実現し、冷凍機の消費電力の削減を達成しています。この一つの合理化だけでも、年間4万トンのGHG削減となっています。

――4万トンの削減は大きいですね。その他の取組みはいかがですか?

松尾:例えば、染料や合成樹脂、架橋剤などに使われている「アクリルアマイド」という製品の例があります。アクリルアマイド製造プロセスの反応工程で使用される銅触媒をバイオ触媒に転換し、CO2発生量を40%削減するなど、プロセスそのものでも画期的な省エネ技術を開発しています。

 化学産業の特徴として、化学製品そのものが末端の製品になっているものもありますが、基本的にはいろんな最終製品の素材・部材になっているものが多いのです。化学はあらゆる産業のベース産業だと思っています。自らのGHG削減だけでなく、他の全ての産業全体に対して、どうやってGHG削減に貢献していくかというのは一つの大きなテーマです。

他業界のバリューチェーン全体でのCO2削減に貢献

――「低炭素社会実行計画」の2つ目の柱、「主体間連携」についてもう少し詳しくうかがわせてください。

松尾:自社の生産工程のCO2排出量削減にとどまらず、低炭素製品やサービスを他の業界主体に提供し合って、バリューチェーン全体でCO2を削減しようというものです。例えば、自動車の例が一番わかりやすいと思います。自動車は鉄の塊のように見えますが、車の中には樹脂製品が多く使われ、10~15%は樹脂製品です。樹脂以外でもオイルやタイヤなど、いろんな意味で化学製品が貢献をしています。(図1)

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(図1) 出典:三井化学

 自動車業界では、一番大きなテーマが、軽量化して燃料の使用量を大幅に削減し、それによってGHGを削減していくことです。この軽量化の実現に化学産業が貢献しています。樹脂製のバンパーや内装品をはじめとして、昔は金属で作られていた燃料タンクなども、今は樹脂で作られています。自動車に磁石を持って乗って頂くと、ほとんど磁石にくっつきません。多くの素材・部材が樹脂になっているからです。

 我々樹脂メーカーは、いろいろなものを組合わせて、バンパー素材などを作り上げていますが、昔は塗装をしていました。しかし、今は樹脂そのものに光沢があり、柔らかさも出て、塗装したように見える素材に作り上げています。そうすると、塗装をする必要がありません。これにより自動車産業では塗料工程が不要になり、その工程から出る排水も減るわけですから、環境負荷に対する削減効果もあります。その他にもギアオイルの中に化学製品の「ルーカント」などの添加剤が入ることにより、大幅に燃費が向上し、エンジンの長寿命化が可能になり、GHGの削減貢献になる例もあります。

 さらに新しい技術として、「金属樹脂一体成型」部材の開発を進めており、普及が拡がっています。金属だけの部材では重くなるので、金属と同じ強度持たせて軽量化をするため、金属と樹脂を一体化させたものです。接着剤やビスなどの留め具はありません。アルミと樹脂を一体化させることにより、金属と同じような強度を持ち、重さそのものは3分の1、4分の1という軽量化を実現しました。また、今後は、最近話題のカーボン繊維が自動車にも更に適用されていくと思います。化学産業として、自動車のさらなるGHG削減に貢献するものと期待しています。

「cLCA」のコンセプトで、全体の排出削減を考える

――自動車業界のGHG削減に貢献されているわけですね。

松尾:主体間連携は自動車業界だけにとどまりません。照明や住宅など、あらゆる分野が対象になります。「cLCA」というコンセプトがありますが、日化協はもとより、世界の化学業界が一体となってこの「cLCA」のコンセプトの普及に努めており、世界全体のCO2排出削減に貢献しようとしています。

――どのようなコンセプトですか?

松尾:「cLCA」とは、他の産業や消費者が、ある完成品を使用するときに排出されるCO2を、完成品の一部または全部を化学製品に置き換えることによって削減する事です。それも、使用の段階だけでなく、ライフサイクル全体の中で削減できるCO2を定量的に評価しようというものです。原料から製品がつくられ、それが完成品の一部として使用されて、最終的に廃棄されるまでの、全ライフサイクルの中で発生するCO2の量に着目します。

 例えば、自動車の部品に、金属の代わりに樹脂を使うことによって車を軽量化できます。その樹脂を製造する際に発生するCO2の量は若干増え、樹脂を廃棄することによるCO2も増えます。しかし、一部を金属から樹脂に置き換えた完成品の車は軽くなるわけです。軽くなるので、車の使用によって排出されるCO2の量は大幅に削減されます。これは樹脂という化学製品が、原料から廃棄までを通じてどれだけCO2削減に貢献するか、いわば、「ゆりかごから墓場まで」に排出されるCO2の量を定量的に算定して削減量を評価するのが「cLCA」のコンセプトです。(図2)

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(図2) 出典:日本化学工業会

松尾:もう一つの例として、LED電球があります。LEDは電気製品だと思われがちですが、基本的には多くの化学製品が使われています。LEDのチップ、基盤にしてもほとんどが化学製品です(図3)。LEDは、2010年前後は、白熱電球に対して、全体の数%のシェアしかありませんでした。LEDを使用すれば、白熱電球に比べて20~30倍と、大きく寿命が延びます。また基本的に電力量は5分の1以下になると言われています。

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(図3) 出典:日本化学工業会

 LEDを例えば約3000万個使うことによって、700万t~800万tのCO2を削減できると言われています。しかし、このようなことが一般には十分に理解されていません。LEDの他にも、住宅の断熱材、タイヤや配管材料など、いろんなものがライフサイクルの中でGHGの削減に大きく貢献しています。化学製品を使用することにより、既存の製品と比べてどのくらい削減になるかを、数字でわかりやすく説明をしていくのが、「cLCA」のコンセプトです。

――化学製品を使うことによる「cLCA」の評価が現実の削減量と言えるわけですね。

松尾:そうです。「cLCA」の考え方で実現できるGHG削減は極めて大きい。日本の約束草案を見ると、一番大きな課題はやはり家庭部門、業務部門の削減で、目標値として2030年に現状より4割削減と言われています。これを達成する為には、LEDの普及促進など、やはり国民運動として、「cLCA」の考え方でGHG削減していくということをしっかり推進していかなければなりません。「cLCA」の考え方でこれだけ削減できるということの理解を、国民の皆さん、他産業の方々、また官庁・政府関係・自治体関係の皆さん方に広げていくことも我々の役割だと思っています。

後編に続く)

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