「福島第一事故はなぜ起きたのか」再考

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 1F事故の後、しばしば言及されることであるが、過去発生した巨大地震・津波を踏まえ、将来、同レベルのものが発生する可能性について考慮すべきという指摘が従前よりあった(ex. 総合資源エネルギー調査会 原子力安全・保安部会 耐震構造設計小委員会 地震・津波、地質・地盤合同WG 第32回議事録H21.6.24)のは事実である。問題はこうした知見を如何に設計想定に反映すべきかであるか、決定論的にはAll or nothingの判断に陥りやすい。事実、1Fではまったく考慮されなかった。
 得られている知見を最大限に活用するためには決定論では限界がある。不確かであるからといって、得られている知見を切り捨てるのではなく、不確かさは不確かさとして許容しつつすべての知見を公平・中立的に最大限活用しようとする姿勢があれば、決定論ではなく確率論的手法を活用して(ex. ロジックツリーによるハザードカーブ作成)更なる検討を加えることもできたであろう。設計想定を決めないことにはモノの設計はできないというのはその通りであるが、決定論のみに依存して、得られている知見を結果的に有効活用できなかったのが設計想定を見誤った原因である。言い方を換えれば、ある設計想定のもとで簡易的な方法でもよいので確率論的手法で残余のリスクを評価し、設計想定の妥当性を検証しようとする(ex. 当時の原子力安全委員会が策定した性能目標(案、炉心損傷頻度 < 10-4/年)に対してどうか)意志があれば、設計想定は見直されていたのではないか?得られている知見はその不確かさが大きくとも安全上の意思決定に取り入れる努力を怠ってはならないこと、その方法論としては、ここでもPRAが有力なツールになり得ることを事業者は今回の教訓として学びとらねばならない。
 一方、規制庁は1Fの津波想定が過小であったことから、外的事象全般についてかなり保守的な想定を事業者に要求しているが、「羹に懲りて膾を吹く」といった傾向はないだろうか?不確かさが大きい知見もすべて設計想定でカバーしようとすると過度に保守的な想定となり、過剰な負担を事業者に強いることにもなりかねない。事業者がPRAを活用して残余のリスクを評価し、安全目標に照らして設計想定を適正化しようと試みた場合、規制庁もそうした努力に一定の理解を示すべきと考える。

4.シビアアクシデントへの備えについて

 1F事故後、シビアアクシデント(SA)が規制対象となっていなかったことがしばしば問題とされている。しかし全く放置されていたわけではなかったことは、関係者なら誰でも知っている。
 平成4年、旧原子力安全委員会は、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」報告書を決定し、原子炉設置者(事業者)に対してアクシデントマネジメント(AM)策の整備を強く奨励するとともに、行政庁(規制当局)に対しても、事業者におけるAM策整備状況についてフォローし報告するよう求めた。その後、事業者によるAM策整備及び規制当局による確認が順次進められ、平成14年には旧原子力安全・保安院により「軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備結果について 評価報告書」がまとめられ、事業者が実施してきたAM策の有効性が最終的に認められている。
 このように、規制行為ではなかったものの、SA対策についてはその必要性を官民ともに認めたうえで、相当の努力を払ってきたのである。然るに1F事故が発生した後は、そうした努力や実績を忘れてしまったかのように、SAが規制対象となっていないことを問題視している。問題の本質は規制対象か否かではない。1F事故以前に行われてきたSA対策には何が不足していて、どうしてそうなってしまったのかを考えることこそが肝要である。
 残念ながら、ここでもまた我が国の特徴の一つである「海外をお手本とする」ことが原因のひとつではないかと筆者は考えている。TMI、チェルノブイリというふたつの事故を経験し、世界の原子力界は多くのことを学んだ。例えばヒューマンファクターの重要性であり、安全文化の重要性である。当然、我が国も然りであり、先に述べた我が国でのAM整備についは、TMI以降米国で行われてきた検討の成果が色濃く反映されている。しかし、明示的ではないにせよ、それらは機器のランダム故障やヒューマンエラーといった内的事象起因を念頭に考えられたものであり、地震、津波という外的事象起因の1F事故に対しては残念ながら有効に機能しなかった。
 前章の内容と重複するが、我が国の原子力発電所に対する支配的な脅威は何であるのかを直視することなく、海外の考え方や方法論をいくら学んでも、今回のような大きな抜けを生じてしまうことになる。今後の我が国の原子力安全に対する取り組み方を考えるうえで、このことを再確認しておきたい。

5.終わりに

 本稿では、主に技術的側面から1F事故の根本原因について考察した。そして、我が国の原子力安全設計の基本的考え方に潜む問題点や過去の事故事例に学ぶ姿勢の欠陥を明らかにした。
 我が国の原子力関係者は皆、過去の失敗に真摯に向き合い、そのたびに同じことを二度と繰り返してはならないと決意して努力を積み重ねてきた。そうした努力の実績から、「もうとんでもない事故を自分たちが起こすことはないだろう」とぼんやり思っていたかもしれない。しかし、それを「『安全神話』に囚われていた」などというあいまいな言葉で表現しても何も得るものはない。我が国の原子力安全に携わる人々が陥っていた本当の落とし穴は何なのか、これを明らかにし共有してこそ、関係者は今後の安全性向上に真に資する努力の方向性に確信が持てるのであり、社会はそうした当事者からの反省の声を待ち望んでいるのである。

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