原発の再稼動に55兆円もかけて良いのか


特定非営利活動法人パブリック・アウトリーチ上席研究員

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3.なぜ田中委員長の見通しが狂ったのか

 田中委員長の「半年」の見通しの根拠は「並行審査が出来る」とした点にあった。「並行審査」とは、「設置許可変更」、「工事認可」、「保安規定認可」の3つの許認可手続きを並行して行う、というものである。これまでのあらゆる原子力施設の審査は「直列審査」であった。「並行審査」などということは原理的に有り得ないのである。その理由は簡単である。

 設置許可の手続きでは基本設計が審査される。その基本設計を受けた詳細設計で決まる工事方法を審査するのが工事認可である。そして詳細設計、工事計画に沿って作成される運転保守方法を審査するのが保安規定である。もし、並行審査を行えば、上流側計画が決まらないうちに下流側を計画することになり、上流側に変更が生ずる度に下流側が全て変更しなければならず、2度手間、3度手間が生ずるので現実的には有り得ない方法である。規制手続きの実務を少しでも経験したものであれば自明のことである。(図2参照)

 実際の適合審査も「直列審査」によって審査されている。昨年9月10日に原子力規制委員会が「適合していると認められる」として審査書を了承した、というのは「設置許可変更」だけである。その後工事認可の審査が行われているが、まだいつ完了するのか目途が立っていない。3つ合せて半年、とした見通しは川内1,2号機のたった2基だけでも2013年7月の申請から1年半経った現在でもいつ終わるのかが見通せない状況にあるのが実情である。

 各電力会社は大飯発電所方式を放棄したことを今更ながらさぞ悔やんでいることと推察する。

 誰も原子力規制委員長がこのような規制行政の初歩的認識で大きな間違いを犯していようとは夢にも思っていなかったのではなかろうか。

図2 並行審査と直列審査

図2 並行審査と直列審査

4.なぜ適合性審査が再稼動の条件なのか

 48基の原子力発電所は全て国の許可を受けており、福島事故と同じような状況に陥った場合の事故防止対策も既に実施済みであるから、適合性審査が完了していなくても法的には再稼動することは可能である。そのことは既に大飯発電所3,4号機が経験済みである。現原子力規制委員会もそのことを追認していることは既述したとおりである。

 では、なぜ全ての新規制基準への適合が再稼動の条件にされたのだろうか。実はそれは法律や基準などの法的文書ではなく、田中委員長の単なる「私案」に基づいている。その「私案」に再稼働前の安全確認で全ての新規制基準に適合していることを確認する旨示しているのである。田中委員長自身「半年で審査できる」と思い込んでいたのであるから、この方針がまさかこのような巨額費用を要するとは夢にも思っていなかったのであろうが、知らなかったでは済まされる話ではない。三条委員会と言えども国の行政組織の一員である。国民に対する背任行為だと言われても仕方がないのではなかろうか。

5.国費の流出を止める処方箋

 これまでに出費してしまったものは取り返しようもないが、今続いている大出血を止めることは可能である。それは、現在の手続きの原点である「田中私案」を見直し、再稼働前に実施する対策を絞り込むことである。一遍に全ての対策をする、というのではなく、当面は必要最小限の対策に限定し、残りの対策は、時間をかけて実施する、という考え方に切り替えることである。これは国際的にも行われていることでもある。欧米各国は福島事故後、どの国でも安全対策を強化しているが、いずれの国もそのために原発を止めることはしていない。運転しながら実施しているのである。

 この考え方であれば、審査期間を大幅に短縮することが可能となる。

 上述の処方箋を箇条書きにすれば以下の通りとなる。

1.
再稼働前に適合すべき規制基準は、福島事故の再発防止対策に限定する。
2.
その他の規制基準は無理のない範囲で時間をかけ、順次実施する。
3.
代替発電の燃料費出費の上限目安は20兆円とする。

 なお、この方針は膨大な国費の出費を伴うものであるから、原子力規制委員長の「私案」などという、根拠が曖昧なものではなく、公明正大に国会で議論し、法律化すべきである。

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